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東京地方裁判所 平成2年(ワ)691号 判決

第一事件原告

菊地茂樹

右訴訟代理人弁護士

高松薫

第二事件原告

株式会社リーガル・インターナショナル

右代表者代表取締役

鈴木俊郎

右訴訟代理人弁護士

鈴木銀治郎

被告

株式会社タイト

右代表者代表取締役

西村榮子

右訴訟代理人弁護士

中丸荘一郎

主文

一  被告は、原告菊地茂樹に対し、金四〇〇万円及びこれに対する平成二年二月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告菊地茂樹のその余の請求及び原告株式会社リーガル・インターナショナルの請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告菊地茂樹と被告との間においては、原告菊地茂樹に生じた費用の五分の四を被告の負担とし、その余は各自の負担とし、原告株式会社リーガル・インターナショナルと被告との間においては、全部原告株式会社リーガル・インターナショナルの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告菊地茂樹(以下「原告菊地」という。)に対し、金五〇〇万円及びこれに対する平成元年七月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告株式会社リガール・インターナショナル(以下「原告会社」という。)に対し、金一〇一六万六五四〇円及びこれに対する平成二年九月一九日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告菊地及び原告会社の被告に対する請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二 当事者の主張

一  請求の原因

1  原告会社と被告は、不動産売買等の不動産取引を営む会社である。

2  被告は、昭和六三年一二月ころ、原告菊地に対し、買受人を訴外株式会社ヨーク・プランニング(以下「訴外会社」という。)とする左記内容の用地買収の業務を専属的に委任し、原告菊地は、これを受任した。

(1)  買収対象物件 横浜市南区花之木町三丁目五八番

宅地296.39平方メート(以下「本件土地」という。)

(2)  買収対象 右土地の底地権(所有権)、借地権及び同土地上の建物に関する借家権

(3)  報酬 金一〇〇〇万円

3  被告は、昭和六三年一二月ころ、原告会社に対し、2記載の原告菊地の業務を援助しつつ、同内容の業務を行うことを委託し、原告会社はこれを受任した。

4  原告菊地と原告会社は、右各委任契約に基づき、本件土地の用地買収業務を遂行し、右により、平成元年三月一九日には被告方において、本件土地の地主である訴外井上芳江(以下「井上」という。)より売渡承諾書の差し入れを受け、それに従い、同年六月二三日には、本件土地の所有権が訴外会社に移転され、本件土地の底地の買い上げに関する任務は終了した。

5  しかるに、被告は、平成元年七月一四日に至り、本件土地の残る借地権及び借家権の買収業務を新たに訴外石坂基弁護士(以下「石坂」という。)に委任し、原告らに借地権及び借家権の買収業務の遂行ができないようにし、これにより委任関係は終了した。

6  原告菊地の報酬請求の根拠

(一)  本件においては、被告が原告菊地の報酬請求権の条件成就を故意に妨げた場合に当たるから、民法一三〇条により報酬を請求することできると解されるところ、本件土地の底地買収が終了したことに鑑み、原告が被告に対し請求しうる報酬としては金五〇〇万円が相当である。

(二)被告は前記のとおり、原告菊地との2記載の専属的な委任契約の趣旨に反し、石坂に本件土地の残る借地権及び借家権の買収業務を委任し、そのため、原告菊地は被告から2記載の報酬を取得できなくなった。その損害は、本件土地の底地買収が終了したことに鑑み、金五〇〇万円を下らない。

7  原告会社の報酬請求の根拠

(一)(1)  原告会社と被告は、3記載の契約締結の際に、その成功報酬を宅地建物取引業法四六条所定の基準によることを約した。

(2) 被告は、本件土地の底地権を井上から買い取り、平成元年六月二三日、訴外会社に金二億〇六二一万八〇〇〇円にて売却したうえ、本件土地の借地権についても、平成二年一月二五日、代金一億三四〇〇万円で取得した。

(3) 本件においては、被告が原告会社の報酬請求権の条件成就を故意に妨げた場合に当たるから、民法一三〇条により報酬を請求することできると解されるところ、原告会社は既に借地権の買収業務に従事していたことに照らして考えると、その報酬額は、宅地建物取引業法四六条所定の基準により、右底地及び借地権売買金額の三パーセントに金六万円を加算した一〇二六万六五四〇円が相当である。

(二)(1)  原告会社は不動産業を業とする株式会社である。

(2) (一)(2)及び(3)同旨

よって、原告菊地は、民法一三〇条による報酬請求権もしくは債務不履行損害賠償請求権に基づき、被告に対し、金五〇〇万円及びこれに対する平成元年七月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払いを求め、原告会社は、民法一三〇条による報酬請求権に基づき、被告に対し、金一〇一六万六五四〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成二年九月一九日から支払済みまで年六分の割合による金員の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。

2  同2については、被告は初めこれをすべて認めたが、そのうち、原告菊地と被告との契約が委任契約であるとの点については真実に反する陳述で錯誤に基づいてしたものであるから、その自白を撤回し、否認する。

なお、原告菊地は、右自白の撤回に異議がある。

3  同3は否認する。

4  同4のうち、被告が井上芳江から売渡承諾書を受け取ったこと及び本件土地の所有権が訴外会社に移転されたことは認め、その余は否認する。

5  同5について、被告は、初め被告が本件土地の残る借地権及び借家権の買収業務を新たに石坂に委任したことは認め、その余は認否すると述べたが、被告が石坂に対して本件土地の残る借地権及び借家権の買収業務を委任したとの自白は、真実に反する陳述で錯誤に基づいてしたものであるから、その自白を撤回し、認否する。

なお、原告菊地は、右自白の撤回に異議がある。

6  同6及び7はいずれも争う。

第三 証拠〈省略〉

理由

一自白の撤回について

1  原告菊地と被告との契約について

被告は、原告菊地と被告との契約について、当初専属的委任契約であることを認めたが、後に専属的契約であることは認めるものの、その性質は請負契約であるとして、その自白を撤回するに至っている。

なるほど、〈書証番号略〉によれば、原告菊地と被告との契約の契約書である〈書証番号略〉の表題は「用地買収下請基本契約書」とされ、その報酬については「請負代金」と記載されていることが認められ、また、被告会社の実質的な代表者である証人西村勝利も原告菊地と被告との契約については請負である旨証言している。

しかしながら、証人西村勝利は、一方において、「他に下請けにだせないというのは、あなたとしては菊地という人物に注目して、菊地にやらせるという趣旨でやったということなのですね。」「仕事ができあがるというよりも、菊地を信じてやっているということですか。」との問いに肯定的に返答し、原告菊地と被告との契約が委任であるとの趣旨の証言をしているし、〈書証番号略〉によれば、原告菊地は、原告菊地と被告との契約を委任である趣旨の陳述をしていることが認められる。そして、いわゆる典型契約の内で、委任と請負は必ずしも境界領域の明確でない契約もあり、法律家が作成に関与した等の格別の事情があれば別段、そうでない場合は、契約書に記載された文言にあまり拘泥するのも相当でなく、また、不動産売買の仲介契約の多くが委任契約の趣旨で締結されていることが多いこと等を併せ鑑みると、被告のこの点についての自白が真実に反する陳述で錯誤に基づいてしたものであるとは認められないから、この自白の撤回は許されない。

2  被告が本件土地の借地権及び借家権の買収業務を新たに石坂に委任したとの自白について

被告が本件土地の借地権及び借家権の買収業務を新たに石坂に委任したとの自白が真実に反する陳述で錯誤に基づいてしたものであるとは認めるに足りる証拠はないから、異議を述べた原告菊地との間においては、この自白の撤回は許されない。

二原告会社と被告との間の契約関係について

1  原告会社は、被告は、昭和六三年一二月ころ、原告会社に対し、2記載の原告菊地の業務を援助しつつ、同内容の業務を行うことを委託し、原告会社はこれを受任したと主張するのに対し、被告は、原告会社に原告菊地への助力を要請したことは認めるものの、原告会社は原告菊地の履行補助者的な地位にあって、原告菊地と被告との契約関係に包摂され、被告とは直接契約関係に立たないとする。

2  そこで、右の点について判断するに、〈書証番号略〉、証人西村勝利の証言及び原告会社代表者本人尋問の結果によれば、原告会社は、被告から他に同様の不動産仲介業務を受任していたが、それについては契約書〈書証番号略〉を作成していたが、本件については原告菊地と被告との間では契約書〈書証番号略〉を作成したものの、原告会社と被告との間では作成していないこと、その一方、原告会社と原告菊地は「JV用地買収契約書」なる書面〈書証番号略〉を作成して、それぞれ署名ないし記名、押印していること、「JV用地買収契約書」なる書面には、第一条に「平成元年一月二七日付の甲(被告のこと)・乙(原告菊地のこと)間の用地買収請負契約に関し、元請である甲の要請により、丙(原告会社のこと)が甲および乙の当該下記記載の用地買収業務に協力するにあたり、甲・乙・丙間で本契約を締結する。」との記載があり、第二条には「甲・乙間の上記用地買収請負契約を丙に開示し、同契約上の乙の請負金額の四〇%にあたる金四、〇〇〇、〇〇〇円を、本件用地買収完了時に、甲より丙に本契約上の丙の請負代金として直接支払うことに、甲および乙は同意する。」との記載があること及び被告は原告菊地に本件業務の報酬を金一〇〇〇万円と約しているところ、被告は訴外会社から総額二〇〇〇万円で本件業務を依頼されていること(したがつて、被告が原告菊地とは別に原告会社に対して、原告会社の主張するように、宅地建物取引業法四六条所定の基準により報酬を支払うことになるとすると、被告は利益を計上できないばかりか、損失を被ることになりかねないこと)が認められ、こうした事実に照らして考えると、〈書証番号略〉原告会社代表者本人尋問の結果によっては、原告会社と被告とが直接の契約関係にあると認めるには十分でないし、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

3  以上の事実によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告会社の被告に対する請求は理由がない。

三原告菊地の被告に対する請求について

1  請求原因1及び2、被告が井上から売渡承諾書を受け取ったこと、本件土地の所有権が訴外会社に移転されたこと、被告が本件土地の残る借地権及び借家権の買収業務を新たに石坂に委任したことは当事者間に争いがない。

2 右当事者間に争いがない事実、前示二の認定事実、〈書証番号略〉、証人西村勝利及び同石坂基の各証言並びに原告会社代表者本人尋問の結果を総合すると、

(一)  被告は、昭和六三年一二月ころ、原告菊地に対し、買受人を訴外会社とし、買収対象物件を本件土地、買収対象を底地権(所有権)、借地権及び同土地上の建物に関する借家権、報酬を金一〇〇〇万円とする用地買収業務を専属的に委任し、原告菊地は、これを受任したこと

(二)  原告菊地は、被告から同原告を援助するように依頼された原告会社と協力して本件土地の用地買収業務に従事し、平成元年三月一九日には、本件土地の地主である井上から被告宛の不動産売渡承諾書〈書証番号略〉を受領し、被告にこれを交付したこと

(三)  右不動産売渡承諾書には、「私所有地の上記土地を下記条項により株式会社ヨークプランニングに売却します。1、所有権価格を一坪当たり金一、〇〇〇、〇〇〇円とする。ただし、現金の授受はせず、完全な所有権がある他の土地と私または私の指定する者の名義で交換する。1、上記土地の売却にあたり、売却代金(経費一切を含む)範囲内で、移転は株式会社タイトの責任で、私が希望している区域(南区、港南区、磯子区)の土地を取得する。1、上記土地借地に鑑定する借地人との契約解除等に鑑定する公証については、株式会社タイトまたは株式会社タイトの指定した者に協力する。」等の記載があるが、右売買金額については、被告の実質的代表者である西村勝利も了解していたこと

(四)  被告は、右不動産売渡承諾書に基づき、井上と訴外会社との間で平成元年六月二三日、本件土地についての売買契約を締結せしめ、本件土地について横浜地方法務局平成元年六月二三日受付第三五九一〇号で同日売買を原因として、訴外会社のために所有権移転登記をなしたこと

(五)  原告菊地らは、平成元年二月ころ、本件土地の借地人である有限会社伊鈴染色工場との間で借地権の売買について交渉をしていたが、被告は、本件土地の借地権等の売買について、原告会社の代表者である鈴木俊郎が紹介した石坂に委任して、原告菊地及び原告会社をその後の買収業務から排除し、石坂において、平成二年二月ころ、右借地権の買収業務を完了したことを認めることができ、右認定に反する証人西村勝利の証言部分は措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

3  右2記載の認定事実によれば、原告菊地は、その後の業務の遂行により少なくとも底地権の買収に応じた報酬を被告から収受する権利を有していたと認められ、被告は、本件土地の借地権等の売買について石坂に委任して、原告菊地及び原告会社をその後の買収業務をから排除したものであるから、被告が原告菊地の報酬請求権の条件成就を故意に妨げた場合に当たり、民法一三〇条により報酬を請求することできると解される。

4  原告菊地は、報酬として請求しうる金額について、既に底地の買収が終了したことに鑑み、全報酬額の半額に当たる金一〇〇〇万円を請求するが、以上の認定事実からも明らかなように、本件においては更に借地権及び借家権の買収が必要なうえ、井上が本件土地の売買を承諾したのも被告において代替地を提供する義務を負担したことにあって、訴外会社と井上の本件土地の売買が単純な売買ではないことに鑑みると、原告菊地が被告に対して請求しうる金額は金四〇〇万円をもって相当であると認められる。

5  なお、原告菊地は、専属的委任契約の不履行による損害賠償をも請求の根拠としているが、この構成によっても被告に請求しうる損害額は、以上の事実に照らせば、金四〇〇万円と認められ、民法一三〇条に基づく請求と差異がないから、その余の点について判断する認められない。

四結論

以上の事実によれば、原告菊地の被告に対する請求は金四〇〇万円とこれに対する訴状送達の日の翌日である平成二年二月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を求める限度で理由があるから、これを認容し(なお、原告菊地は付帯請求の始期を平成元年七月一五日とするが、そのころ右支払を被告に催告した事実についての主張、立証がないから失当である。訴訟による催告については、主張としても明白であり、その催告が被告に到達した日の翌日が平成二年二月三日であることは当裁判所に顕著である。)、その余は失当であるから棄却し、原告会社の被告に対する請求は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言について、同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官深見敏正)

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